1991年、ストリートファイターIIが、スーパーマーケットの店頭で稼働し始めたころです。
私が初めて対戦型格闘ゲームに触れたのは。
間もなく「ストII」はスーパーファミコンに移植されました。
小学校時代は新聞委員会で、ストII用に発売されたスーパーファミコン用スティックコントローラーの記事を、模造紙の下1/3いっぱいに書いたものです。
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中学時代
実際には、当時はパッドでプレイしていました。友達の家に行ったら、だいたい対戦です。
- SFC版 ストリートファイターIIダッシュ
- 同 らんま1/2 町内激闘篇
- 同 らんま1/2 爆裂乱闘篇
- 同 餓狼伝説
- 同 餓狼伝説2
- 同 サムライスピリッツ
これら移植先を中心に1994年までプレイしていました。
同年、ネオジオROMの真サムライスピリッツに触れて、趣味が決定づけられました。
ネオジオCDで過去作を遊びつつ、サムライスピリッツとして弘明寺のゲームセンターで初めて迎えた新作、斬紅郎無双剣が、いちばん好きな対戦型格闘ゲームになりました。
以後、リアルバウト餓狼伝説もプレイしたのですが、年明けから高校受験となり、この趣味とはいったん離れることになります。
中学の卒業式の後、同級生たち10人前後で、友人宅でリアルバウト餓狼伝説大会(ネオジオROM、ネオジオCDでダブル起動)をして楽しんだのが、いい思い出です。
高校に入ると、格ゲー仲間たちとも離れ離れになり、高校の部活で行う「際限のないおしゃべり」(by エリクソン)の楽しみに触れて、それほどはプレイしなくなりました。
いまでも、お客様とお話するのは好きです!
会話と、格ゲーの楽しみは非常に似ていて、人が相手なので、永遠に飽きがこないことです。
私には、格ゲーで会話をする『ハイスコアガール』というマンガの世界が、非常によく理解できます。
高校時代以降
高校時代は、リアルバウト餓狼伝説スペシャルは戸塚のゲームセンターでよくやっていて、いまはなきシータショップ戸塚店のSNK主催大会では3位に入ったこともありますが……。
その後は大学受験もあり、1998年のゲームにはあまり触れず。
大学に入ると、あたりはゲームセンターだらけだったので、武力ONE、餓狼 Mark of the Wolves をプレイしていました。
ただ、ネオジオポケットにもかなりはまっていたので、ゲーセン通いはほどほどでしたかね。
餓狼MOWの出来は良く、新作を楽しみにしていたら、開発元であるSNKが倒産してしまいます。
そのショックで、持っていたネオジオROMのゲームをすべて売り払ってしまいました(買った値段で売れました。22万円ほどに……)。
その後、SNKは部分的に復活し、KOF2001まではプレイしたのですが、2002年から就職活動に入り(いわゆる氷河期で、1社しか内定がなかった)、やはりまたゲーム趣味は下火に。
時間が生まれると、人生の行く先が変わる
仕事が始まると、あまりゲームはやらなくなりました。時間がなくなったからでしょう。
NEOGEO Xや、KOF’94 RE-BOUT をちょこっとやっていたくらい。
もう格ゲーはやらないのかなと思っていたら、コロナ禍の緊急事態宣言。
そこで生まれた時間+自宅でのデュアルディスプレイ環境+NEOGEO Xが、私もまたゲームの世界に呼び戻してくれました。
そこから、ゲーセンミカドをはじめ、ゲームセンターでまた対戦するようになり、趣味が完全復活しました。
そのきっかけは、やはり、突如生まれた時間だったのだと考えています。
私は、税理士として、お客様に時間を提供しています。
税理士に依頼して生まれた時間を、趣味なり、さらなる売上アップなりの時間に充ててもらえれば、そして人生の行先を変えていただければ、こんなにうれしいことはありません。
編集後記
確定申告の仕事を一本仕上げて、NPO法人運営者向けセミナーの見逃し配信を見て。『チ。~地球の運動について』を最終巻まで読んだ一日でした。