振込手数料を売り手負担した場合に、返還インボイスは必要なのか

2023/2/16追記:令和5年度税制改正で、標記の場合は不要になる予定です。

『税務通信』を素直に信じていいものか

『税務通信』の取材記事が出てからというもの、「売掛金から振込手数料を差し引かれて入金された場合に、売り手負担とした振込手数料を値引きとして整理したときは、返還インボイス(適格返還請求書)の交付義務があり、その場合はこうしましょう」みたいな情報が散見されます。

でも、この振込手数料値引き(相殺)の返還インボイス、実務上は必要ないと思うんです。全事業者に影響する話で、すごく重要そうに見えますが、私はそうは思いません。

それに、国税庁のインボイスQ&Aには、この話、出てこないですよね。私だけじゃなく、国税庁も本当はこの件、「重要じゃない」って思ってるんじゃないですか。だから、Q&Aに載せてないんです。

記者に聞かれたから、無理やり答えたように思います。いちおう、交付義務は規定されていますから、立場上、しなくていいとは言えないですもんね。

振込手数料値引き分の返還インボイスが必要でない理由

なんで必要ないか、という説明をします。

まず、振込手数料分の売上値引きをしたんだから、その分だけは、自分の消費税を減らしてほしい。値引きで消費税額を減らすには、一定の要件が必要です。その要件とは、

帳簿の保存(改正消費税法第三十八条、改正消費税法施行令第五十八条の二)

です。返還インボイスの交付は、義務ではありますが(改正法第五十七条の四第三項)、消費税を減らすための要件ではありません。

返還インボイスの控えは、売り手が返還税額の積上げ計算をする場合には必要ですが(改正令第五十八条)、割戻し計算をする場合には必要ありません。

返還インボイスがなくても、売り手負担の振込手数料にかかった消費税分、税金が減らせる。まあ、なくてもいいじゃないですか。

仕訳の入力時に課税区分「売上げに係る対価の返還等」を選択してもらえば、それでOKです。

そもそもなんで返還インボイスが必要か?

そもそも、なんで返還インボイスの交付義務があるのか考えてみましょう。

仕入れた人は、その分、消費税の納税を減らせます。でも、仕入代金を値引きしてもらったら、値引きを受けた分、納税を増やさなければいけません。

そこで値引きしたほう(売り手)が「あなたは〇〇円、納税を増やしてくださいね」と、返還インボイスを買い手に交付して、お知らせする必要があります。

同時に売り手は、値引きした分、消費税の納税を減らします。この一対一の関係で、売り手と買い手の処理(税額)を合わせるためにあるのが、返還インボイスです。

受取側と支払側との平仄(ひょうそく)が合っていれば、それを認めてもよろしい」(『消費税法の考え方・読み方 五訂版』p.18)、難しく言うと、“「課税資産の譲渡等」と「課税仕入れ」が表裏の関係にある」”(第65回税理士試験 消費税法)ようにする、ということです。

売り手が振込手数料分の売上値引きをしたら、買い手が同額・同税率の仕入値引きを計上するのが原則です。

振込手数料売り手負担の、反対側にいるのは誰か?

『税務通信』の記事では、買い手に「振込手数料値引き」の返還インボイスを交付せよとあったのですが、ちょっとおかしいと思いませんか?

買い手は、振込手数料をマイナスした金額を振り込んだときに、振込手数料分、納税を減らしていませんよ(仮払消費税等=0)。

買掛金 110 普通預金 110

振込手数料を売り手負担にして、その返還インボイスを受け取ったら、当初買ったときの 借)仮払消費税等 10 を減らさなきゃいけないの? それを減らしたら、納税しすぎになってしまうでしょう。振込手数料の仮払消費税等を計上していないんだから。

でも、銀行からは、振込手数料についてのインボイスを受け取っています。インボイスがあるのに、振込手数料について納税を減らさなかったのです。売り手が負担してくれたから。

買い手側では、「対価のない取引」として、不課税になっているのです。

売り手は、売上値引きで納税を減らした。すると、同額の納税を誰かが増やさないといけませんが、買い手はもともと納税を減らしていない。減らしていないものを、増やすことはできません。

売上値引きの反対側で、仕入(振込手数料)を計上していない場合、相手は仕入値引きを計上できない。仕入値引きを計上できない相手に返還インボイスを交付することは、むしろ誤解を招く行為、非合理的な実務だと私は思います。

だから、売り手は、帳簿のみの保存で、納税を減らしていいことになっているのです。

では、代わりに誰の納税が増えているのでしょうか。もちろん、手数料売上を計上した銀行です。

売り手・買い手・銀行の三者間で平仄が合っているのが振込手数料の売り手負担取引

原則には例外もある。先の税理士試験の問題、「(課税売上と課税仕入れは)表裏の関係にあるものであるが、表裏の関係とならない取引がある場合には、その取引について理由を付して具体的に述べなさい」なんです。

売り手と買い手とで取引が対(つい)にならないケースも、消費税法は想定しているのです。

売り手・買い手・銀行の三者間の関係は、次のようになっています。(振込手数料を税込10円とした場合)

  • 売り手 売上値引き 消費税 -1
  • 買い手 消費税 ±0
  • 銀行 売上 消費税 +1

銀行の売上と、売り手の売上値引きは、形式的には対応していません。売り手は銀行に売ったわけではないし、銀行も売り手に売ったわけではありません。

でも、買い手が「不課税」で処理したために、買い手は通過されるだけの存在となり、売り手と銀行との間で、売りと買いの消費税額が、実質的に対応しています。売上値引きの効果は、仕入れに近いですので。

銀行は1納税する。売り手は1消費税を減らす。変則的ですが、売り手は、銀行が納税した以上に消費税を減らしておらず、値引きした売り手に問題ありとは言えません。

本当に銀行の税額と合っているのかどうか? は、買い手がマイナスしてきた金額から想像するしかないわけですが、今はネットバンキングの振込指示でも、手数料の受取人負担が設定できるので、大きな問題にはならないと考えます。

「確かに返還インボイスは出していませんが、それで、国庫に損害を与えましたか?」。国の言葉でいうと、「課税上の弊害はない」。振込手数料売り手負担で返還インボイスは重要じゃないというのは、こういう意味です。

追記:インボイス制度が想定する仕訳

【売り手】
普通預金   100 売掛金    100
売上値引    10 売掛金     10 返還インボイス発行
【買い手】
買掛金     100 普通預金  100
支払手数料  10 普通預金   10 銀行のインボイス受領
買掛金      10 仕入値引   10 返還インボイス受領
【銀行】
普通預金    10 受入手数料 10 インボイス発行

(収益費用科目は課税取引。仮受・仮払消費税等は省略)

買い手がこう仕訳したら、「返還インボイスください」と言われる可能性はありますが、こんな仕訳しないでしょ。会計慣行に反していますし、手間が3倍です。結果が同じなら、合理的に一行で済ますでしょ。

買掛金    110 普通預金   110

買い手が仕入返還税額の積上げ計算をする場合もほしいと言われるかも。ただ、積上げ計算も、する人いるかなあ。

ちなみに返還インボイスは、インボイスと違い、求められなくても、買い手に交付する義務があります(改正法第五十七条の四第三項)、いちおう……。

あとこの稿で「重要じゃない」というのは、振込手数料の売手負担の返還インボイスの話であって、返還インボイス全般の話ではないので念のため……。