社長の個人所有の土地に、自分が100%株式を持つ会社の建物を建てた場合、税理士から「社長と会社の連名で土地の無償返還届出書を提出する」と言われると思います。
「???…」と思うと思います。
土地の返還というのは、「貸した土地を返してもらう」という意味だというのは、分からなくもない。建物を建てるために土地を借りた自分の会社が、その社長に返すのだと。
でも、「土地を無償で返還する」とは??? 頭の中は???でいっぱいではないでしょうか。
建物の敷地にする目的で他人に土地を貸すのは、土地の一部を売るのとほとんど同じ
実は、自分の土地に、他人に建物を建てられてしまうというのは、大変なことなんです。
社長は、自分の土地に、自分の会社の建物を建てたので、何とも思わないかもしれませんが。
相手が自分の会社ではなく、第三者だとすると、「土地を返して」と言っても、相手はもう建物を建ててしまっているのですから、「この建物を壊して返せってこと? そんなの、すぐにはできない」と言われるでしょう。
すると土地オーナーとしては、「じゃあ、すぐに返さなくていい代わりに、通常の地代だけじゃなくて、もっと多く払ってよ」と言いたくなります。
ここで、社長の持つ土地の権利のうち、「建物を建てるために土地を借りる権利」をばらして売ることで、その追加の代金をゲットすることになります。この権利を借地権といいます。
土地の一部を、借地権として売る、というイメージです。
土地のオーナーが、建物のオーナーに借地権を売って得る代金のことを、「権利金」といいます。
他人所有の建物の敷地は、すぐに返還されないことが前提のため、この権利金は、非常に高額になります。「これだけもらえるなら、自分の土地にあなたの建物を建てていいよ」。それに建物オーナーが納得して権利金を支払ってくれれば、土地オーナーとしても納得がいくわけです。
もし、土地オーナーがどうしても土地を返還してほしい場合、借地権を買い戻すことになります。
さっきと逆で、土地のオーナーが借地権を買い戻すために支払う代金のことを、「立退料」といいます。
こういう、第三者同士が、お互い損しないように取引すること(経済合理性がある取引)について、税務署は何も言いません。
土地オーナーが立退料を払って(有償で)借地権を買いとる(土地を返還してもらう)こと、これが「土地の有償返還」です。
社長と会社は身内なので、借地権に値段をつけないのがふつう
しかし、社長と自分の会社という身内間で、会社の建物の敷地にするために社長の土地を貸しても、借地権を高額で売ったりしません。
厳密には、自分の会社とはいえ、社長と別の人格が所有する建物が建っているわけで、借地権は存在します。
ただ、社長は会社から権利金を1円ももらわなかったので、この借地権の金額は0円なのです。
社長は、会社に借地権を代金(権利金)0円で売りました。なので、会社から借地権を買い戻す(土地を返還してもらう)ときも、その代金(立退料)は0円になります。
つまり、社長は会社に立退料を1円も払わない(無償)で借地権を買いとれる(土地を返還してもらえる)、これが「土地の無償返還」です。
身内間では「ただ」がふつうなので、会社が「ただもらい益」を計上せずに済ますために出すのが「無償返還届」
この土地の賃貸借取引について、社長と会社との間で契約書を交わします。その契約書に、この「土地の無償返還」についての約束があることが前提です。
このような約束ができるのは、社長と会社が身内同士だからです。
建前では、会社はあくまでもうけを追求する組織なので、ただで借地権を社長からもらったら、実際の支出額とは別に、借地権の時価の「ただもらい益」を計上するのが原則です。
実際には、身内同士では権利金・立退料をやりとりせずとも、借地権を売買(土地を貸したり、返してもらったり)できるので、特別に「ただもらい益」を計上しないという扱いを税務署にしてもらえます。
ただし届出制で、そのための届出書が「土地の無償返還に関する届出書」なのです。
会社が「ただもらい益」を計上しないので、法人税が課税されないという意味で得しますし、社長も権利金相当額の収入を得ずに済むので、所得税が低くなるという意味で得します。
長い目で見れば、単純に節税とはいえない点に注意
しかし、これは現世利益型の節税にすぎないことには要注意です。
もし第三者の建物オーナーに貸していたら、簡単に返してもらえないことから土地の価値は激減するところ、身内に貸したら簡単に返してもらえるため、土地の価値はあまり下がりません(もし賃貸借でなく、使用貸借と認定されたら、1円も下がりません)。
また、価値が下がった場合は、建物オーナーの会社の株価がその分アップします。会社のオーナーが社長なら、社長の相続財産が増える可能性があります。
よって、社長に万一のことがあった場合、土地にかかる相続税は、身内に貸した場合のほうが高くなります。最終的には、得した法人税・所得税が(ある程度)相続税で取り戻される、という仕組みになっています。
何でそんな仕組みになっているのかというと、「身内の土地に気軽に借地権を設定して節税しようとする行為」を防ぐためです。