自分を駆動する2つの喜び

自分が何をしたときに、脳内麻薬が出るというか、うれしさ、喜びを感じるのか、けっこう忘れていたりします。

子供のころ、学生時代に味わったような気持ちを、大人になってからもう一度思い出すのは、悪くないです。

理解する喜び

私は理解するのが好きなんだー、と気づいたのは、大学1年生のころでした。

パソコンの講義で、Excelをイチから学んだのです。

=IF(A1=B1,"OK","NG")

こういう基本的な関数の、かっこの中の、カンマで区切られた1番目、2番目、3番目というそれぞれの「位置」に意味がある、というのが分かったとき、これまでにない多幸感を得ました。

この直前、途中まで作成していたファイルを間違って閉じてしまって、途中経過は失ってしまったけれど、その後に関数を理解したことで、がっかり感は吹き飛んでしまいました。

一見、この文字列には何の説明もないけれど、頭の中にある関数のルールにあわせて並べると効果が発揮されるというのが、楽しかったのです。

これは、税理士試験を受けているときも、税理士になってからも、この喜びで動いているようなものです。

勝つ喜び

勝つ喜びを知ったのは、中学2年生のときでした。

弘明寺駅(横浜市南区)近くのゲームセンター(今は100円ショップ)で、サムライスピリッツ斬紅郎無双剣の対戦台でゲームをすることにはまっていました。

真サムライスピリッツの続編を待ちわびていたので、前作にも背景キャラで登場しており、自分と同い年の設定であるリムルルを使用キャラとしました。

そこで、13連勝を達成したときは、本当にうれしかったです。永久連続技が強すぎて、対人戦ではあえてとどめをささなかったりしていましたが。

しかし社会人になり、ゲームから離れているうちに、この喜びを久しく忘れていました。

高田馬場ゲーセンミカドで、このゲームが対戦台で稼働していました。コインいっこいれると、乱入されました。

対戦中は心臓がばくばくしていました。そして勝利しました。このような興奮は、20年ぶりでした。

いまにして思うと、税理士試験を突破できたのも、勝つ喜びがあったからだと思います。本試験は、試験委員との対人戦です。

どういう気持ちで問題を作っているのか、わかるはずがないのに、わかる。という理解の喜びをばねに、突破してきた感じです。

1科目でも合格したら、その一部科目合格通知書のコピーを持ち歩き、勉強のやる気が出ないときに、それを眺めたものです。

これが、自分にはものすごくやる気の出るハックとして機能しました。

自分は、この科目に合格できるくらいにはやれる。この通知書がもう1枚ほしいと思い、次の勉強に打ち込めました。

何に脳が多幸感を感じるか、心臓がばくばくするか

それを知っておくと、わりに元気に生きていけるんじゃないかという気がします。

薬物は、何の努力もなしに、多幸感・心臓ばくばくを体験できるものなので、はまってしまうそうです。

しかし、クスリでこれらの喜びを味わってしまったら、なんかもったいない。

だれでもそれで幸せになってしまうのならば、べつに私でなくてもいいと思うからです。

自分だけがうれしいことを追求することで、「だれでも」がいる混雑した場所に行かなくて済む、と考えています。