理論上の所得に課税されることもある

昔、受験した国税調査官の採用試験(面接で落ちた)

面白い裁判例を読みました。

さいたま地方裁判所平成22年(行ウ)第10号所得税更正処分等取消請求事件(棄却)です。

理論上の所得にしたがって、事業所得を推計し(所得税法156条)、課税が行われた例です。

売上-経費=事業所得 というのが、通常の所得計算のプロセスですが、この計算をするには会計データが必要です。

じゃあ会計データがなければ、この計算ができないから所得が分からない? そんなことはありません。

理論上の所得というものがある サイモンズの定式

純資産の増減+生活費-事業所得以外の収入・非課税収入=事業所得

通常の税務調査を受けなかったり、帳簿を破棄してしまっても、その年の1月1日から12月31日までのあいだのこれらのデータを、上の計算式に代入すれば、事業所得は計算できるので、税金がかかります。

資産負債増減法という、法定の推計課税の方法です。
純資産の増減は、年末の純資産-年始の純資産 で求められます。

この算式のおおもとは、サイモンズという経済学者が1938年に提唱した、個人所得の算定式によっています。

「事業を営んでいれば、その利益は生活費として消費されるか、貯蓄されるかしかない」という事実をベースに、理論化したものです。

この理論をもとに、所得税法156条が作られています。

推計課税を実現する税務署の調査力

推計課税は、昭和30~40年代に多かったのですが、このように平成20年代にも行われています。

この事件では、税務署は、7年分にわたって、

  • 30 の預金口座
  • 168 の定期預金
  • 75 の定期積金
  • 7 の保険料支払い
  • 273 の預金利息

などなどを調査し、リアルなデータをもとに、推計しています。この預金などの一覧表を見ていると、国と喧嘩するとすごいな、と思わされます。

私も昔は税金じゃないですが、調査の仕事をしていたので……。

生活費は所得なので、完全プライベートな支出を経費に入れてはいけない

先ほどの算式を見てのとおり、生活費は、所得なんです。

なので、生活費を必要経費に入れると、まったく逆のことが起きてしまいます。

税金の計算上おかしくなってしまうので、一見生活費に見えるものは、一応、確認させていただいています。

所得計算上の、理論上の純資産というものがあって、それが増えていると税金が増え、減ればその逆になるわけです。

実際の純資産の増減の結果には、生活費の支出が反映済みなので、生活費を足し戻して、理論上の純資産を計算するイメージです。

例えば、年初に預金が2,000あって、ある費用が100かかったら、実際の預金は100減ります。でもそれが生活費なら、100足し戻して理論上の預金残高を求めます。

2,000(年始の預金残高)-100(実際の支出)+100(うち、生活費)=2,000(年末の理論上の純資産)

このように、生活費にいくらお金を使っても、理論上の純資産は変わらないので、税金は減りません。増えることもありません。

所得には、いちおうこんな理論に基づいているんだ、ということも、知っておいて損はないかと思います。税金にびっくりしないために。

今日の納税予測

単発の税務相談(個人の所得税)の依頼があったので、来年の納税予測額を概算してみました。
事前に知っておけば、あらかめ納税用の資金を取っておくことができますね。

今日の参考文献

『租税法入門第3版』増井良啓、2023、有斐閣