広島市街の空撮シーンでは、平和記念公園と、隣接する中国新聞社の白い社屋が懐かしかったです。コロナで果たせない旅行気分もおまけで付いてきます。
今作は原作に遠慮することなく、『ワーニャ伯父さん』+「シェエラザード」+「木野」のマッシュアップを敢行することで、原作を超えた傑作になっていると思います。つなげ方はスムーズです。
静と動・明と暗の繰り返しが揺さぶりをかけてきます。時間をたっぷり取った表現でなければ伝わらない感慨があります。原作では回想に過ぎなかったものがリアルタイム化されたことで、今ここで何かが生まれていると感じさせます。精緻な組み合わせの説得力があります。
それでいて、「悪は、善なるはずの自分自身にも身内にも存在している」という村上作品の印象を崩しません。この矛盾に耐えられずに何人かが死にますが、その両面性を受け入れたとき、みさきの、広島で止まったままの旅が、再び動き出していくのです。