村上春樹『一人称単数』感想

『1Q84』をピークとして、以後は徐々に加齢を感じるのであるが、実際に加齢しているから仕方がない。とはいえ好きな作家の新作を読むのは至福である。

内容は、初期に回帰したような雰囲気のものと、加齢した今の立場のものとが混在した、エッセイ風小説。

ちょっと起伏に乏しいかなあと思いつつ読み進んでいると、最後のタイトルチューンが、作者とともに貧乏でなくなってしまった読者にぶすりと刺し込んでくる。マンガなら「油断した」と傷口を押さえてうめいてしまうところだ。

「本をあと数ページというところまで」という一文と同時に、読者の手元の本もあと数ページになっているところ、函入の『はてしない物語』(ミヒャエル・エンデ)に似た一体感があって、好きである。

話はいつもの引出しから出てきて、いつもの展開をするのだけれど、『海辺のカフカ』以降にしばしば見受けられた「またか」感は薄かった。不思議だ。

2020年7月18日発売。