すずめの戸締まり わかるはずのない他者の悲しみが伝わる作品

某T JOYで観ました。平日夜だというのに大勢のお客さん。私はカップルに挟まれましたね……。若い人(10~20代の女子グループ)が「君の名は。」と同様に多く、でも中年層もいます。

「すずめの戸締まり」は、非常にわかりやすい作品だと思います。考えることは、あんまりないです。上映後、場内は一様に沈黙し、ややあって、観客は小さな声で感想を語り合いだしました。

新海誠監督は、中二の魂をいつまでも持っている人だなあ、と思ってて、好きですね。映画は全部見ています。ファンの話だと思って聞いてください。

※内容に若干触れるので、完全にネタバレが嫌な人は読まないでください。気にならない程度の露出にしているつもりですけど。

まず、露払い的な話

作法にのっとり先行研究を丁重に退けておくと、「八百屋批評」(筒井康隆の造語)っていうのがあります。

八百屋に行って「ここには肉がない」と批評するありかたを批判的に述べたものですが、「逆八百屋批評」っていうのもあるんだと思うんですね。

八百屋に行って「また野菜が置いてある」と批評するありかた。いや、八百屋なんだからしかたがないでしょう?

村上春樹も、どう批判されても「申し訳ないけれど、こういうものなので」という気持ちでいるそうです。春樹作品は、いつ行っても野菜が置いてあるので、私もちょっと困っています。

あと、「悲劇を題材にするのってどうなの?」というパターンもあろうかと思います。あのー、世の中の「お話」って、だいたいそういうものだと思うんですが。

ヤマタノオロチ、平家物語、なんでも、死者を慰めるために生き残った者が書いたのではないですか。これがいちばん新しいやつなんで、まず、古いものから順にやっていただければ。

で、まあ、今作は、同じ悲劇を題材とした過去作よりも、『平家物語』みたいに、お話としての「置き換え度」が、弱めです。まったく別のものに置き換えれば、エンタメとして面白がれるんですが、置き換え度が弱い今作は、とくに面白がる作品ではないです。

村上春樹でいえば、『アンダーグラウンド』(地下鉄サリン事件が題材)シリーズにあたります。

予告編が、とくに楽しそうでなかったのは理由があることでした。濃密な死の気配も、そのとおりのものです。小さな子にはおすすめできません。

んー、つまり、そんなに面白がってるわけではないので、許してください。ということです。震災で金儲けして、と言われないようになっている。もちろん、色んな感想があると思いますが。

村上春樹ファンから見た引用元

村上主義者としては、今作の引用元が気になるところですが、主義者なら99%わかりますね。『かえるくん、東京を救う』です。

2023年(劇中時間)の『かえるくん、東京を救う』が今作です。気になった方は、『神の子どもたちはみな踊る』(新潮文庫)に収録されていますので、読んでみてください。

『かえるくん』は、春樹短編のNo.2に好きな作品です(No.1は『ファミリー・アフェア』……)。ここからがっつり引用しています。

わかるはずのない他人の悲しみがわかってしまう映画

公開前のラジオ番組で、監督本人が、震災遺児の話をしてネタばれしていたわけですが、その方々の気持ちに、自然に感情移入してしまいます。その感情の揺さぶり方、導入のやさしさが、村上春樹流というか、後継者的ですね。

ちょっと、「言の葉の庭」みたいな、言葉が飛び交うシーンもあって、遺児の周囲の大人たちへの目くばせも欠かしてはいないです。

震災当時の新聞や雑誌はたくさん読みましたが、その中で多く出てきた

  • 突然の肉親の死が受け入れられず、幽霊を見てしまう
  • あれが、最期の「いってらっしゃい」だったのかと思う

というエピソードが、効果的にフィクション化されていると思います。だからどうしても、劇中の4歳児の気持ちになってしまいます。観てる私たちが4歳児化されるんで、そりゃ泣いちゃいますよ。

生き残ってしまった者の悲しい気持ちがわかるか? 「わかるはずないだろ」というのが現実。それでも「わからせる」ことができるというのが、フィクションの手柄だと思います。

この稿の冒頭の話に戻りますが、「何でこんな話にしたのか」という疑問に対しては、こう言いたいと思います。「わかるはずのない他人の悲しみをわからせるためには、ここまでするしかなかった」と。

親を亡くした4歳児の悲しみのバーチャル体験装置、といえば聞こえは悪いですが、体験しないよりはしておいたほうがよいでしょう? そんなもの体験したくない、という人はもちろん体験しなくていいわけですが。

上映後に若い人が「震災学習」の話をしていて、見た後にそういう話を自然にしてしまう作品だと思います。読後にビールが飲みたくなる村上春樹作品のように。

本作のメインターゲットは16歳で、彼ら彼女らに、「もういつまでもガキじゃないでしょー?」と声をかけているような映画です。

観て元気になる明るい映画ってありますが、今作は、そういうものではないです。でも、私には、いい映画でした。

P.S.

  • 新海作品は、ここ3作がどれも良作ですが、並べると、軽い← 「君の名は。」12 「天気の子」12、「すずめの戸締まり」 →重い ですかね。(リンク先は過去作のレビュー、ネタバレあり)
  • 最初のダイジンとの追いかけっこシーンは、ルパン三世オマージュですよね。
  • 今作は、プロダクトプレイスメント広告は目立ちませんが、たぶん、立教大学OBの人が大いに盛り上がるだろうシーンがあります。立教、来年は受験生増えるんじゃないかな?