2割特例は期間限定。終わった後のことも考えておく

インボイスを機に課税事業者(登録番号あり)になる方は、値上げができないか検討してみてください。

登録するのを条件に、5%程度の値上げを獲得したいところです(業種によります。サービス業なら約5%)。

お仕事的に値上げが難しければ、経費削減を考える必要があります。そうしないと、免税事業者だったときと比べて、手取りが減ってしまうからです。

手取りを減らさないためには値上げが必要だが…

2割特例を受ける人は、いくら税額が軽減されるといっても、税込料金が同じままなら、免税事業者だったころと比べて、1.81%手取りが減ることになります。

計算上は、1.85%の税込料金の値上げをすれば、手取りを同じままにできます。値上げで件数が減らないようにしたいところですが……。

ただ、2割特例は、個人事業主の場合、2026年分の確定申告までの期間限定の制度です。

2割特例が使えなくなると、また手取りが減る

1.85%値上げをしたまま、2027年分の確定申告を迎えると、また、手取りの減少がやってきてしまいます。

エンジニアやサービス業などの方の場合、そこで2割特例から簡易課税に切り替えても、2.78%の手取り減少に見舞われます。

ここでさらに手取りを昔と同じにしたければ、免税事業者時代の手取り+4.76%の値上げをしておくことが必要になってきます。

売上が1000万円を超えた2年後も2割特例不可

売上が順調にアップしていくと、2027年より早いタイミングで2割特例が使えなくなるときがきます。

それが、売上が1000万円超になった年の翌々年です。

また、親御さん(昔からの課税事業者)が経営していた店舗・事務所賃貸業を相続した年も、2割特例が使えなくなります。

いつ、消費税の負担が増えるかは予測ができないことでもあるので、早めの値上げ・コスト削減の検討をおすすめします。

インボイス制度で何が変わるのか 今の制度と比較する

インボイス制度が始まると、実際にどのような変化があるのでしょうか。

今の消費税の制度は、けっこうよかった

インボイス制度が始まる前の、今の消費税はよい面もありました。

  • 誰から仕入れても、消費税の納税を減らせる
  • なので、仕入先が課税事業者かどうか確認する必要がなく、事業者の手間がかからない
  • なので、免税事業者がB2B取引から排除されない(免税事業者も仕入れにかかる消費税を負担しているのだから、あしざまに扱う必要はない)

インボイス制度が始まると、このよい面が消滅します。

  • 免税事業者から仕入れると、消費税の納税が減らない(緩和措置あり)
  • なので、仕入先が課税事業者かどうかインボイスで確認する必要があり、事業者の手間がかかる
  • なので、免税事業者がB2B取引から排除されがちになる

結果、B2Bの免税事業者は、インボイスを発行できる課税事業者に転換することを迫られます。

消費税分を値段に乗せても、損得はないと言うけれど…

「消費税は、売上-仕入=粗利 の中から納めるのではなく、売上に乗せた消費税から仕入に乗せられた消費税との差額を納めるので、利益に影響を与えない、損も得もしない」とよく言われます。

それは嘘です。

課税事業者になって、本体価格に消費税を上乗せしたら、値上げになるわけです。

値段が上がれば上がるほど、ふつうは、買いたいと思う人の数が減ります。

消費税率がアップしたときに、それに合わせて値上げした場合も同様です。

売上は、単価×売れた数 なので、売れた数が減れば、当然、利益も減ります。

薄利多売、粗利率が低い、値段を上げると需要が下がりやすい商売の方は、消費税が利益を押し下げるリスクがあります。

価格・粗利率・経費を見直す必要があります。売り方、見せ方の改善も検討してみましょう。

本日の物価高

同じ店で10年前は650円だったラーメンが、870円になっていました。味は、変わらずおいしいかったんですけどね。220円アップ(134%)。

本体価格が189円、消費税額が31円アップという内訳です。

税率が8%から10%になったので、125%。本体価格は131%。125%×131%で消費税額は164%となっています。

物価高(インフレ)と、税率アップとの合わせ技で、消費税は増えていくんですね。

インボイスで登録交渉・価格交渉をすると売り手の手取り、買い手の費用はどう変わる?

売り手が免税事業者で、買い手が課税事業者を前提とします。

免税事業者は登録して消費税を納めるか、その場合の税込価格をいくらにするかが問題となります。

売り手が2割特例を受けられる場合を想定していますが、これ、3年間の期間限定なので、その後のことも考えておく必要があります。

売り手の立場…登録して価格据置きは損

  1. 売り手がいちばん有利な結果となるのは、免税事業者のままでいて、かつ、税込価格を据え置くことです(立場の強い売り手が取れる方法)。手取りは変わりません
  2. 次が、免税事業者のままでいて、税額の2割の値引きを受け入れることです。その値引き分、手取りが減少します
  3. 実は、インボイスの登録(2割特例)をして、税込価格を据え置くと2.より悪化します。手取りは2.と同じく納税分が減少するのに、消費税の申告の手間・費用が発生するからです
  4. 登録して消費税を2割特例で納税するなら、1.85%の税込価格の値上げを獲得して、やっと手取りが同じになります。ただ、消費税申告のコストを考慮するとまだマイナスです。登録すれば数%の値上げOKなら(そこが難しいのでしょうが…)、登録すべきです

買い手の立場…税額の20%値引きを得ても損

  1. 相手が免税なら「税額の2割の値引きを獲得できないと損をする」と言われますが、実際はそれでも損をしています。1,100,000 を 1,080,000 に値引きできても、引ける税額は、1,080,000*10/110*0.8=78,545 なので、費用が 1,455 増えるからです
  2. かといって、費用が同額になるように、さらなる値引きを要求すると、下請法など別の法律に引っかかってしまいます
  3. 「費用が 1,455 増えるなら、その分、法人税が安くなるからいいか?」と一瞬思うかもしれませんが、費用が増えても、粗利率が同じなら、売価に転嫁されて収益も増えるので、法人税は安くなりません(東京電力は、個人からの電力買い取りの消費税が引けなくなるので、売価を値上げします)
  4. 売り手に登録してもらい、税込価格を据置きして、買い手はいままでどおりです。ただ売り手 3. で見たように、売り手のコストはアップするので、売り手の持続可能性を考慮すべきときもあるのでは、と思います

国(税務署)の立場…これまで損していたので今後は得

  1. 税金を取る方の立場からすると、売り手と買い手がどのような交渉をしようが、インボイス制度開始後は、税収は増えます
  2. 制度開始前は、買い手は消費税を満額引いているのに、売り手が消費税を納税していなかったので、国が損を被っていたともいえます
  3. 売り手が免税事業者のまま税込価格を据え置いても、買い手の引ける税額が2割減るので、その分、税収アップです
  4. 売り手がインボイス登録して価格を据え置いても、売り手が新たに納税するようになった分、税収アップです

自社の請求書のインボイス対応 9項目が載っているか確認しよう

ふつうのことが載っていれば、下準備は済んでいる

インボイス制度といっても、すでに消費税を納めている方でしたら、そんなに恐れる必要はありません。

あくまで、現実の商慣習に乗っかっただけの制度ですから、お手元の請求書だって、すでに一部対応しているはずです。

インボイス制度の前からも、請求書に載せるべき項目は決まりがあって、次の6項目でした。

  • お客様の名前(自社が小売りなどの場合は不要)
  • 自社の名前
  • いつの売上か?
  • 何の売上か?
  • 軽減税率の対象はあるか?(なければ省略可)
  • 税率別に合計した税込金額

これらは、別に税務署のためというよりは、自分とお客様とのために、ふつうは載っている項目です。

万一、もれていたら、インボイス制度開始(2023年10月1日)以後も同じなので、直しておきましょう。

意外に載っていないのが、「いつの売上か?」です。請求書の発行日は載っているけど…というやつです。自社の売上を立てる基準日をもとに「何月分」と明示しておきます。

インボイス制度で追加するのは3項目

インボイス対応のために追加する項目は、今まで求められていなかったものですから、なくてふつうです。自社がインボイス登録を済ませたら、次の3つを追加します。

  • 自社の登録番号
  • 税率
  • 税率別の税額(税率別の合計額から算出したもの)

特に、軽減税率(食品、定期購読の新聞)のものがなければ、税率を表示していなかった場合も多いです。「10%」とか「8%」とか、入れておきましょう。

あと、これまで、請求明細の項目ごとに消費税額を計算(複数回の端数処理)していて、その合計額を「消費税」として表示していた場合は、そのやり方を変える必要があります。

税抜合計か、税込合計から、消費税額を計算(1回だけ端数処理)する必要があります。端数処理が多いと、税込金額が減ってしまう(国の立場からすると、税収が減ってしまう)からですね。お客様はうれしかったと思いますが。

請求書上の控除項目を設定していた場合は、お客様の登録番号も必要になる

これも多いのが、お客様から同時に購入もしていて、その代金を自社の請求額と相殺(控除)している場合ですね。

お客様との話し合い次第ですが、当社の請求書を購入のインボイスにする場合、相殺の取引内容についてインボイスの9項目を満たしたうえで、次のように記載をします。

  • お客様の登録番号を追加
  • 「請求書発行後2週間以内にご連絡がなければ、相殺内容のご確認をいただいたものとします」

もしくは、請求書上での相殺をなくして、ちゃんとお客様から請求書(インボイス)を出してもらうようにするかです。

まとめ インボイスに必要な9項目(軽減税率なければ8項目)

  • お客様の名前(自社が小売りなどの場合は不要)
  • 自社の名前
  • いつの売上か?
  • 何の売上か?
  • 軽減税率の対象はあるか?(なければ省略可)
  • 税率別に合計した税込金額
  • 自社の登録番号
  • 税率
  • 税率別の税額(税率別の合計額から算出したもの)

請求内容・相殺内容が、そもそも消費税のかからないものでしたら、もちろんこれらの項目を満たす必要はありません。

全額控除でも出てくる消費税差額の原因、その内訳を全部出す!

全額控除でも、消費税差額って出てきますよね。これって、何でしょうか。

全額控除で、売上も10%、仕入れも10%しかなく、各種の調整がないシンプルな事例を前提とすると、その消費税差額(雑損失または雑収入)の内訳は、5つに分かれます。

大きく分けると、2つ。(1) 仮受消費税等と課税額との差額 (2) 仮払消費税等と控除税額との差額 です。

設例(単位:円)

(a) 税込売上 1,200,000 …税込単価 1,000 * 1,200回

(b) 仮受消費税等 109,200 …税込単価1,000 / 1.1 * 0.1(四捨五入) * 1,200回

(c) 税込仕入 600,000 …税込単価500 * 1,200回

(d) 仮払消費税等 54,000 …税込単価500 / 1.1 * 0.1(四捨五入) * 1,200回

(e) 納付税額 54,300 …消費税法の規定により算出。未払消費税等に計上

(f) 消費税差額 (b) – (d) – (e) = 900 …雑収入に計上

借)仮受消費税等 109,200

 貸)仮払消費税等 54,000

 貸)未払消費税等 54,300

 貸)雑収入      900             

雑収入が計上されるということは、「仮受消費税等(負債)よりも課税額が小さく、仮払消費税等(資産)よりも控除税額が大きい」ということが予想されます。文字どおり、トクしているから雑収入が計上されるのです。

この、貸)雑収入 900 の原因を巡る冒険に出発しましょう。

仮受消費税等と課税額との差額

複数回切捨てによる仮受消費税等の過大計上

会計上の税抜売上は何度も端数処理したので 1,090,800 と、税務上の税抜売上( 1 回だけ端数処理)である 1,200,000 / 1.1 = 1,090,909 より小さくなっています。よって、その裏側である仮受消費税等は、税務上の仮受消費税等より大きくなっています。

イ 税込売上 1,200,000 – 会計上の税抜売上 1,090,800 = 会計上の仮受消費税等 109,200

ロ 税込売上 1,200,000 – 税務上の税抜売上 1,090,909 = 税務上の仮受消費税等 109,091

ハ イ – ロ = 109 (仮受消費税過大)

以上のことから、仮受消費税等が過大なので、それを取り消す仕訳を計上することになります。

借)仮受消費税等 貸)雑収入 109

千円未満切捨てによる仮受消費税等の過大計上

国税+地方税の課税額の計算上は、税務上の税抜売上 1,090,909 を千円未満切捨てし、 1,090,000 に税率10%を乗じて 109,000 になっています。

この切り捨てられた 909 についても、会計上は仮受消費税等を算出しているのですから、 909 * 0.1 = 91 、仮受消費税等が過大になっています。

以上のことから、仮受消費税等が過大なので、それを取り消す仕訳を計上することになります。

借)仮受消費税等 貸)雑収入 91

よって、仮受消費税等の消費税差額 仮受消費税等 109,200 – 課税額 109,000 = 200 は、109 + 91 = 200 で検算できます(端数処理で± 1 円程度は差が出る)。

仮払消費税等と控除税額との差額

国税の百円未満切捨てによる仮払消費税等の過少計上

仮受消費税については、消費税7.8%(国税)と地方消費税2.2%(地方税)の区別をしませんでしたが、消費税法の規定による納税額の算定上は、まず国税分だけで課税額-控除税額を計算しています。

上記の設例で税法ルールで国税の課税額を計算すると、1,090,000 * 0.078 = 85,020 となり、控除税額は 42,545 、単純差額は 42,475 ですが、納税額は 百円未満切捨てして、42,400 になっています。

この切捨てられた 75 こそ、仮払消費税等を計上していないのに、税額控除できた額です。ここで、仮払消費税等<控除税額 が成立し、仮払消費税の過少計上額を修正する仕訳を計上します。

借)仮払消費税等 貸)雑収入 75

地方税の百円未満切捨てによる仮払消費税等の過少計上

消費税の申告書上では、地方税(地方消費税)は、上記の国税の単純差額に対応する金額を、国税の納付税額(百円未満切捨て後)/78*22 で直接算出しています。

42,400 / 78 * 22 = 11,958 → 11,900(百円未満切捨て)

ここで切り捨てられた 58 について、仮払消費税等<控除税額 が成立し、仮払消費税の過少計上額を補正する仕訳を計上します。

借)仮払消費税等 貸)雑収入 58

実際の控除税額に対する仮払消費税等の過少計上

地方税の課税額は、申告書上では一切出てこないのですが、概念としては存在します。

課税額合計 109,000 – 国税の課税額 85,020 = 地方税の課税額 23,980

で、地方税の控除額も、申告書上では出てきませんが、この地方税の課税額 23,980 – 前述の単純差額11,958 = 地方税の控除額 12,022 として、逆算で求めることができます。

すると、実際の控除税額は、先ほどの国税の控除額 42,545 + 地方税の控除額 12,022 = 54,567 です。

一方、会計上の仮払消費税等は、54,000 でした。つまり、仮払消費税等より 567 、多く控除できたことになります。

そこで仮払消費税等の不足額を修正する仕訳を計上します。

借)仮払消費税等 貸)雑収入 567

まとめ

これで、消費税差額 900 の内訳がすべて取れました。

109 + 91 + 75 + 58 + 567 = 900

今回は、すべて雑収入(いわば、益税)でしたので、このような結果になりましたが、たとえば、税込売上単価が 1,100 で、税込仕入単価が 550 だったりすると、なんと、消費税差額が 0 になります。

ちなみに、この消費税差額の内訳算出の考え方は、私だけが言っていることではなくて、『対話式消費税申告書作成ゼミナール』(鈴木基史、清文社、2015)の p.149 ~に出てきます。

立替金精算書をインボイス対応するには

インボイス対応が必要な理由

立替金精算書とは、誰かのために立替払いして、その誰かに代金を請求するための書類です。

会社勤めをしている人なら、自分の財布からお金を出して会社の消耗品を購入(立替払い)し、出金伝票にレシートを添付して、経理部で精算した(お金をもらった)ことがあると思います。あの出金伝票が、立替金精算書です。

インボイス対応が必要なのは、会社として、協力企業の分もまとめて消耗品を購入し、その協力企業に代金を請求するタイプの、おおがかりな立替金精算書です。

この、昔からある実務上の書類を前提にして、インボイス対応をすることになります。

支払先ごとに登録番号の列を追加しよう

立替金精算書を、これまで次のように作成されていた場合、

支払先月分内容税抜税率消費税合計
A社9月分備品50010%50550
B社9月分消耗品10010%10110
総合計660
立替金精算書(従来のもの)

「月分」が10月分の立替金精算書から、支払先ごとに「適格請求書(インボイス)発行事業者の登録番号」の列を追加すればいいことになります。

支払先登録番号月分内容税抜税率消費税合計
A社T1234…10月分備品50010%50550
B社登録なし10月分消耗品10%110
総合計660
立替金精算書(2023年10月分以後)

ポイントは、支払先に登録番号のない業者が含まれていた場合、それが分かるようにすることです。ここでは、「登録なし」としています。

ちなみに、立替払いをした当社の登録番号を表示する必要は、ありません!

インボイス対応のポイント

会社間でやりとりする立替金精算書は、要するに、支払先それぞれから受け取った請求書の一覧表です。なので、登録番号や金額はもとの請求書から転記することになります。

その際、消費税額については、支払先ごとに1回だけ端数処理された税額合計をインボイスから転記します。

支払先ごとに、さらに明細(A社:備品、消耗品、使用料、食品)があって、それぞれに税抜金額を記載した場合でも、その内訳ごとに税額の記載はしなくてよいです。

もし、各社の取引内容の明細ごとに税額を記載した場合には、それは単なる「参考値」である旨を表示します。

また、転記元のインボイスのコピーを協力企業に交付するのが原則ですが、このように複数の支払先がある場合は、当社宛てのインボイス(協力企業分)を当社で保存しておくだけでOKです。

協力企業は、インボイスの記載要件がすべて含まれた当社作成の立替金精算書を保存することによって、協力企業宛てのインボイスの保存をしたことになります。

インボイス登録「消費税法に違反して罰金以上の刑に処せられたことはありません」とは

適格請求書発行事業者の登録申請書

インボイスの登録申請書に、「消費税法に違反して罰金以上の刑に処せられたことはありません」とあって、「うちは、『はい』でいいのかな?」と思った方。

ふつうの会社なら、「はい」でいいです。

税務調査が入って、消費税を修正申告して、税務署に延滞税や過少申告加算税を払った。これは、「罰金以上の刑」ではありませんので、「はい」でOKです。

「罰金」とは、検察庁に支払うものです。

ふつうでない会社とは、次のような例です。

消費税法違反で在宅起訴 西尾の人材派遣会社社長

これは、消費税の無申告のケースです。無申告は、「1年以上の懲役」か「50万円以下の罰金」です(消費税法第66条)。

実際に裁判で罰金の判決を受けたら、さっきの項目が「いいえ」になり、罰金を支払ってから2年間は、インボイス登録ができません、

「人材派遣業で、インボイス登録ができない」というのは、事実上の廃業宣告ですね……。

『税のしるべ』12月5日号によると、振込手数料売手負担の返還インボイスは不要になる見通し

12月1日の記事「振込手数料を売り手負担した場合に、返還インボイスは必要なのか」を書いて早々、適格返還請求書が不要になる改正がされそうです。

この改正のターゲットは、振込手数料分の値引きなのは明らかですね。

値引き等を行った際にも売手と買手の税率と税額の一致を図るために…返還インボイス…の交付義務が課される点については、値引き等…1万円未満…については、返還インボイスの交付を不要とすることとしている。

週刊税のしるべ 令和4年12月5日号 1面

「法律のとおりにやらなきゃ!」というのも、もっともなんですけど。

「その手続きを取っても取らなくても国庫に損害を与えないものついて、急いで制度対応しようとするのは、よろしくない」という教訓だったかなと思います。

今回は、課税上の弊害がないものに事務負担を要求する法律・制度のほうが間違っているという事案です。税法は毎年改正されるのが徳。間違ってたら直されます。

振込手数料を売り手負担した場合に、返還インボイスは必要なのか

2023/2/16追記:令和5年度税制改正で、標記の場合は不要になる予定です。

『税務通信』を素直に信じていいものか

『税務通信』の取材記事が出てからというもの、「売掛金から振込手数料を差し引かれて入金された場合に、売り手負担とした振込手数料を値引きとして整理したときは、返還インボイス(適格返還請求書)の交付義務があり、その場合はこうしましょう」みたいな情報が散見されます。

でも、この振込手数料値引き(相殺)の返還インボイス、実務上は必要ないと思うんです。全事業者に影響する話で、すごく重要そうに見えますが、私はそうは思いません。

それに、国税庁のインボイスQ&Aには、この話、出てこないですよね。私だけじゃなく、国税庁も本当はこの件、「重要じゃない」って思ってるんじゃないですか。だから、Q&Aに載せてないんです。

記者に聞かれたから、無理やり答えたように思います。いちおう、交付義務は規定されていますから、立場上、しなくていいとは言えないですもんね。

振込手数料値引き分の返還インボイスが必要でない理由

なんで必要ないか、という説明をします。

まず、振込手数料分の売上値引きをしたんだから、その分だけは、自分の消費税を減らしてほしい。値引きで消費税額を減らすには、一定の要件が必要です。その要件とは、

帳簿の保存(改正消費税法第三十八条、改正消費税法施行令第五十八条の二)

です。返還インボイスの交付は、義務ではありますが(改正法第五十七条の四第三項)、消費税を減らすための要件ではありません。

返還インボイスの控えは、売り手が返還税額の積上げ計算をする場合には必要ですが(改正令第五十八条)、割戻し計算をする場合には必要ありません。

返還インボイスがなくても、売り手負担の振込手数料にかかった消費税分、税金が減らせる。まあ、なくてもいいじゃないですか。

仕訳の入力時に課税区分「売上げに係る対価の返還等」を選択してもらえば、それでOKです。

そもそもなんで返還インボイスが必要か?

そもそも、なんで返還インボイスの交付義務があるのか考えてみましょう。

仕入れた人は、その分、消費税の納税を減らせます。でも、仕入代金を値引きしてもらったら、値引きを受けた分、納税を増やさなければいけません。

そこで値引きしたほう(売り手)が「あなたは〇〇円、納税を増やしてくださいね」と、返還インボイスを買い手に交付して、お知らせする必要があります。

同時に売り手は、値引きした分、消費税の納税を減らします。この一対一の関係で、売り手と買い手の処理(税額)を合わせるためにあるのが、返還インボイスです。

受取側と支払側との平仄(ひょうそく)が合っていれば、それを認めてもよろしい」(『消費税法の考え方・読み方 五訂版』p.18)、難しく言うと、“「課税資産の譲渡等」と「課税仕入れ」が表裏の関係にある」”(第65回税理士試験 消費税法)ようにする、ということです。

売り手が振込手数料分の売上値引きをしたら、買い手が同額・同税率の仕入値引きを計上するのが原則です。

振込手数料売り手負担の、反対側にいるのは誰か?

『税務通信』の記事では、買い手に「振込手数料値引き」の返還インボイスを交付せよとあったのですが、ちょっとおかしいと思いませんか?

買い手は、振込手数料をマイナスした金額を振り込んだときに、振込手数料分、納税を減らしていませんよ(仮払消費税等=0)。

買掛金 110 普通預金 110

振込手数料を売り手負担にして、その返還インボイスを受け取ったら、当初買ったときの 借)仮払消費税等 10 を減らさなきゃいけないの? それを減らしたら、納税しすぎになってしまうでしょう。振込手数料の仮払消費税等を計上していないんだから。

でも、銀行からは、振込手数料についてのインボイスを受け取っています。インボイスがあるのに、振込手数料について納税を減らさなかったのです。売り手が負担してくれたから。

買い手側では、「対価のない取引」として、不課税になっているのです。

売り手は、売上値引きで納税を減らした。すると、同額の納税を誰かが増やさないといけませんが、買い手はもともと納税を減らしていない。減らしていないものを、増やすことはできません。

売上値引きの反対側で、仕入(振込手数料)を計上していない場合、相手は仕入値引きを計上できない。仕入値引きを計上できない相手に返還インボイスを交付することは、むしろ誤解を招く行為、非合理的な実務だと私は思います。

だから、売り手は、帳簿のみの保存で、納税を減らしていいことになっているのです。

では、代わりに誰の納税が増えているのでしょうか。もちろん、手数料売上を計上した銀行です。

売り手・買い手・銀行の三者間で平仄が合っているのが振込手数料の売り手負担取引

原則には例外もある。先の税理士試験の問題、「(課税売上と課税仕入れは)表裏の関係にあるものであるが、表裏の関係とならない取引がある場合には、その取引について理由を付して具体的に述べなさい」なんです。

売り手と買い手とで取引が対(つい)にならないケースも、消費税法は想定しているのです。

売り手・買い手・銀行の三者間の関係は、次のようになっています。(振込手数料を税込10円とした場合)

  • 売り手 売上値引き 消費税 -1
  • 買い手 消費税 ±0
  • 銀行 売上 消費税 +1

銀行の売上と、売り手の売上値引きは、形式的には対応していません。売り手は銀行に売ったわけではないし、銀行も売り手に売ったわけではありません。

でも、買い手が「不課税」で処理したために、買い手は通過されるだけの存在となり、売り手と銀行との間で、売りと買いの消費税額が、実質的に対応しています。売上値引きの効果は、仕入れに近いですので。

銀行は1納税する。売り手は1消費税を減らす。変則的ですが、売り手は、銀行が納税した以上に消費税を減らしておらず、値引きした売り手に問題ありとは言えません。

本当に銀行の税額と合っているのかどうか? は、買い手がマイナスしてきた金額から想像するしかないわけですが、今はネットバンキングの振込指示でも、手数料の受取人負担が設定できるので、大きな問題にはならないと考えます。

「確かに返還インボイスは出していませんが、それで、国庫に損害を与えましたか?」。国の言葉でいうと、「課税上の弊害はない」。振込手数料売り手負担で返還インボイスは重要じゃないというのは、こういう意味です。

追記:インボイス制度が想定する仕訳

【売り手】
普通預金   100 売掛金    100
売上値引    10 売掛金     10 返還インボイス発行
【買い手】
買掛金     100 普通預金  100
支払手数料  10 普通預金   10 銀行のインボイス受領
買掛金      10 仕入値引   10 返還インボイス受領
【銀行】
普通預金    10 受入手数料 10 インボイス発行

(収益費用科目は課税取引。仮受・仮払消費税等は省略)

買い手がこう仕訳したら、「返還インボイスください」と言われる可能性はありますが、こんな仕訳しないでしょ。会計慣行に反していますし、手間が3倍です。結果が同じなら、合理的に一行で済ますでしょ。

買掛金    110 普通預金   110

買い手が仕入返還税額の積上げ計算をする場合もほしいと言われるかも。ただ、積上げ計算も、する人いるかなあ。

ちなみに返還インボイスは、インボイスと違い、求められなくても、買い手に交付する義務があります(改正法第五十七条の四第三項)、いちおう……。

あとこの稿で「重要じゃない」というのは、振込手数料の売手負担の返還インボイスの話であって、返還インボイス全般の話ではないので念のため……。

同業者団体(ナントカ協会)からの会費の請求書にコレが書いてあると「できる」と思われる

「会費の請求書」って、よくもらいますよね。「会費 10,000円」というやつです。これが、経理を悩ますのです。

「これって、課税仕入れなの? 不課税(課税対象外)なの?」と、いちいち悩むことになり、時間のロスになるので嫌がられます。「会費は消費税がかからないというけれど、会報とか送ってくるんだよな……購読料なら課税?」

これは、経理にはいかんともしがたい問題です。だから、ここは、会費を請求する「ナントカ協会・会・協議会・組合」などの請求書の発行サイドにがんばってもらうしかありません。あなただけが頼りです。

もし、その会費が実際に購読料や懇親会費・セミナー代ではないのでしたら、会費の請求書に「この会費は、資産の譲渡等の対価に該当しないものとして不課税です」と一文を入れておいてください。もらった経理の人が助かります。安心して不課税で入力できます。

会報を発行していて、会費がその対価のように見えるときでも、会員に対して配布している場合には、不課税でOKです。とはいえ、応用として、あえて課税にしている例もあるのですが、それは稿を改めたいと思います。

消費税法基本通達5-5-3(会費、組合費等) 同業者団体…がその構成員から受ける会費…その構成員に対して行う役務の提供等との間に明白な対価関係があるかどうか…の判定が困難なものについて、継続して、同業者団体…が資産の譲渡等の対価に該当しないものとし、かつ、その会費等を支払う事業者側がその支払を課税仕入れに該当しないこととしている場合には、これを認める。

…この通達を適用して資産の譲渡等の対価に該当しないものとする場合には、同業者団体…は、その旨をその構成員に通知するものとする。

消費税法基本通達5-2-3(会報、機関紙(誌)の発行) 同業者団体…が対価を得て行う会報…の発行(会報等の発行の対価が会費…の名目で徴収されていると認められる場合の当該会報等の発行を含む。)は、資産の譲渡等に該当するのであるが、会報等が同業者団体…の通常の業務運営の一環として…その構成員に配布される場合には、…資産の譲渡等に該当しない。